国語や歴史の教科書、子供用の絵本やダイジェスト本、あるいはテレビドラマなどを通じて、ほとんどの人が登場人物やストーリーなどを知っているが、実際に原本を読んだ人は逆にほとんどいないという有名な古典がある。
　滝沢馬琴の『八犬伝（南総里見八犬伝）』は、まさにその代表、好例かもしれない。
　かく言う筆者も、じつは全編を読み通したことはない（途中まで読んで、けっきょく断念した。あまりに、長すぎるのである）。
　さて、『八犬伝』の発端はいわば常識であろうが、改めて確認しよう。
　里見城主の冗談がきっかけで、娘の伏姫と飼犬の八房は山中の洞窟で暮らすことになった。やがて、霊気に感応して伏姫が妊娠する。この怪奇譚で、長大な伝奇小説の幕が開く。
　筆者は子供のころ（といっても、それが何歳ぐらいだったかははっきりしないが）、この『八犬伝』の冒頭の怪奇現象にワイセツな想像をした。つまり、獣姦を連想したのである。もっとも、当時は「獣姦」などという卑語は知らなかったが。
　馬琴は、その人柄は謹厳実直そのものだった。馬琴も獣姦と解されることを恐れ、あくまで怪奇現象であると強調しているのだが、しかし、どう考えても、人里離れた深山でオス犬と人間の女が一緒に暮らし、やがて女が妊娠したとなれば、そこに淫靡な想像をするのが自然ではないか。
　もちろん、子供のころの筆者も、自分の想像を口にはしなかった。自分がそういう卑猥な想像をしたことを恥じたのである。いっぽうでは、ほかの人が『八犬伝』の怪奇現象をなんの疑問もなく受け入れていることが、ちょっと不思議だった。

　最近、春本『戀のやつふぢ』を手にした。『八犬伝』をパロディー化したエロ本で、浮世絵研究家の林美一は花笠文京著、歌川国貞画、天保八年（1837）の刊行と判定している。
　余談だが、林美一は在野の浮世絵研究家だったが、とくにその春画・春本研究は他の追随を許さないものがある。彼のすごさは、私財を投じて春画・春本を含む膨大な浮世絵を収集し、すべて自分の目で直接現物を検証し、自力で版本の文字を解読した上で、論じていることだ。安易な孫引きや受け売りはしていない。筆者の畏敬する人物のひとりである。それはともかく。
『戀のやつふぢ』には、犬の八総（八房のもじり）が人間の佐世姫（伏姫のもじり）を犯すところが、極彩色で描かれている。背後位（いわゆるワンワンスタイル）による犬と人間の性行為である。その露骨な描写は実も蓋もないといってしまえばそれまでだが、まさに、当時の人々も、『八犬伝』に獣姦を連想していた証拠であろう。＜なお、当サイトの品位を落とすことを危惧して、あえて証拠写真は掲載しない＞
　そう考えると、筆者はけっして変態少年だったわけではあるまい。ほとんどの人が、公然とは口にはしなかっただけで、『八犬伝』の怪奇現象に心のどこかで淫靡な想像をしていたのではなかろうか。
　なんてことはない、みな、同様な妄想をいだいたはずなのだ。公言しなかっただけのこと。
　その点、江戸期の出版関係者や読者は、臆面もなかったことになろう。
　江戸期の男も、現代の男も、性的な妄想という面ではしょせん同じということかもしれない。
　もう、ここまで書いたのである。せっかくだから、『戀のやつふぢ』のさわりの部分を紹介しよう。読みやすくするため、漢字の一部を平仮名に、平仮名の一部を漢字に変換し、適宜、句読点も入れた。

　八総は、まず姫君のおん股ぐらへ顔を差し入れ、かのうるわしきおん玉門を、舌の先にてなめまはし。次第に火のごとくなる舌にて、さね頭の左右を上のかた、なめあげなめあげ、舌先を折々玉門に差し入れて。いとあたたかなる息を、子宮を目当に吹きかけられる心地よさ。
　姫君は身をふるはし、
「ノウ、八総よ。これほどまでによひものならば、なぜに早くはしてくれぬ。アア、モウモウ、気が遠くなるよふな。アレヨ、アレヨ」
　と、身をあせる。
　そのたびごとに、精汁ドクドクドクと湯具へつたふて流れるを、八総はスッパスッパと吸いながら、ついに舌を長くいだして、子宮をからみ吸い出だす。そのこころよさ、なかなかに、人間ならばかくのごとく、妙なることはなし得まじと、思ひたまへばいと嬉しく、持ち上げ持ち上げしたまふにぞ。八総も今はこらへかね、犬とはいへど馬よりも太き真赤な陽物を玉門へ押し当て、ピクリピクリと脈を打たせ、入れそふにして入れざれば。
　姫うへは泣き声に、
「アレヨアレヨ、アア、モウモウ、どふもどふも」
　と、しがみつくところをみすまし、八総はかの一物を、かはいらしきおん玉門へ、ヅブヅブヅブ。
　姫は今さら正体なく、
「アレアレ、まことによひ心持ちだよ。これが気の行くといふのかえ。ヲヲ、いくよ、いくよ、いくよ」
　と、しがみついたる初音のよがり。はてしもあらず取り乱し、ひと目なければはばかりなく、絶え入るさまにと見へにける。

　と、まあ、時代が変わっても男の妄想は変わらないものだなというのが、正直な感想ではなかろうか。