今月（8月）の末に、東京の秋葉原と茨城県のつくば学園都市を結ぶつくばエキスプレス（常磐新線）が営業運転を開始する。筆者が住む埼玉県三郷市にも、三郷中央駅という新しい駅ができる。
　そんなわけで「開発ブーム」に沸いている三郷市であるが、この気運に連動して、大規模な商業施設ができた。映画館が複合したシネマコンプレックスや、大型ゲームセンター、大手スーパーなどを集めた、お定まりの郊外型の商業・娯楽施設である。
　開業当初は大混雑が予想されるため、それは避けた。開店からほぼ1ヵ月が経過した先日、筆者もおくればせながら、訪ねてみた。
　驚いた。
　平日にもかかわらず、広大な駐車場はほぼ満車状態なのだ。また、施設内も、人、人、人であり、とくに子供が目立つ。
　そのとき、ようやく気づいた。すでに学校は夏休みに入っていたのだ。納得。
　とにかく、昼飯を食べることにした。
　食べるところは多いが、けっきょく、あちこちで見かけるチェーン店がほとんどである。べつに、ここに来なければ食べられないという料理はない。なんてことはないなと思ったが、ともあれ、腹が減った。
　とりあえず、手ごろなレストランに入った。
　表の通路で、若い女性が、
「新製品が出ました。セット価格でお安くなっておりま〜す」
　という意味の宣伝文句を大声で叫びながら、片手に持った金色の鐘をカラン、カラン、カランとひっきりなしに鳴らしていた。
　やはり施設内にあるファーストフードの、アルバイト店員である。
　店長から客寄せを命じられたのであろう。一生懸命にそれを実行している。声を張り上げ、ひたすら鐘を打ち鳴らす。
　しかし、うるさいのだ！
　頭にキンキン響き、イライラする。
　呼び声だけならさほど気にならないが、絶え間ない金属音は神経を逆撫でし、耐え難い。
　騒がしい場所はさっさと通り過ぎて難を避けるという方法もあるのだが、たまたま筆者はレストランで料理を待っているため、逃げ出すわけにもいかない。
　よほど、そのアルバイト店員に、
「静かにしてくれ」
　と言おうかと思ったのだが、それも忍びない気がする。本人には何の悪気もない。命じられた仕事に真面目に取り組み、熱心に遂行しているのだ。
　たまたま、レストランの店長らしき男性が通りかかったので、苦情を述べた。
「あの鐘の音はどうにかなりませんか。うるさくってしょうがないですよ」
　店長も困った顔になった。
「別な店ですのでね……」
　それでも、さっそく携帯電話でどこやらに連絡していた。
　しばらくして、ネクタイ姿で、胸に認識章を付けた男性が現われた。管理会社の社員らしい。
　その社員は様子を観察していたが、おもむろに鐘を鳴らしている女性のところに行くと、なにやら話をしている。
　そして、鐘の音は止んだ。
　管理会社も騒音と判断して、中止を命じたのである。
　筆者は、「やはり言ってみるものだな」としみじみ実感した。同時に、現在の日本社会はあまりに音に鈍感になっているのではないかとも思った。
　前回『吠34　飯盛山より鶴ヶ城を望む』で、わが国では自然・歴史景観に対してあまりに無神経なことを述べたが、音についても同様ではなかろうか。

　10年ほど昔のことである。
　鳥取砂丘を訪ねた。広々とした砂丘と、その向こうに広がる日本海、そして吹き渡る潮風……を期待していた。
　唖然とした。
　怒りすら覚えた。
　砂丘の入口あたりに土産物店があり、その横に柱が建てられ、上部に拡声器が設置されている。緊急放送用であろう。それはよい。
　なんと、その拡声器から、高校野球のラジオ放送を大音量で流していたのだ。
　ちょうど八月の半ばで、高校野球も準決勝か決勝あたりだった。観光客へのサービスのつもりなのであろう。
　筆者は高校野球にはまったく興味はない。しかし、言いたいのは、そういう個人的な趣味の問題ではない。
　鳥取砂丘に来て、なぜ高校野球の中継放送を聞かなければならないのか。
　静かに自然を楽しむ場所ではないのか。
　いま思うと、「うるさいから、放送はやめてくれ。少なくとも、近くの人にだけ聞こえる程度の音量にしてくれ」と抗議すべきだったかもしれない。
　筆者は苦々しい気持ちで鳥取砂丘をあとにした。砂丘の思い出は、高校野球の「熱戦」しかない。

　数年前のことである。
　たまたま入った散髪屋で、テレビの音が異様に大きい。
　しかも、明石家さんまとやらの番組を放映中で、ひっきりなしにペラペラしゃべり、絶え間なくゲラゲラと笑う。一瞬たりとも、静かなときがないのだ。
　じっと座っている筆者としては、音の拷問を受けている気分である。かなり我慢していたのだが、ついに耐え切れなくなって、店主に申し入れた。
「テレビの音をちょっと小さくしてくれませんか」
「えっ、さんまさんは嫌いですか」
　店主は驚き、またけげんそうである。
　明石家さんまを嫌いな人間がこの世にいるなど、信じられないという表情をしていた。
「そういうことじゃないんだ！」と、筆者も爆発しそうになった。
　ともかく、店主がテレビの音量をしぼったため、その場で筆者が暴れ出すこともなく、無事に散髪は終了した。
　その後、その店には二度と行っていない。