「ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだのである｣(ローマ人への手紙５：12）

　これはパウロの至って冷静な文章に見えますが、実は激情的な宣告なのです。
　私は青年期、この聖書の個所を読んだ時、心臓がえぐられるようなショックを受けました。
「すべての人が罪を犯した」！
　そうだ、今生まれたばかりの赤ん坊も、この宣告を受ける。人は生れながらに罪人なのだ。
　双子の赤ちゃんが生まれた時、２人の赤ちゃんが同じにお母さんの乳房に取り付くことがあります。乳房は２つあるから良いようなものの、両方の乳房に取り付いた赤ちゃんが、無心に喜んでお乳を飲んでくれればよいが、時には一方の赤ちゃんが隣の赤ちゃんをお母さんの乳房から払い除けようとすることがあるそうです。事実かどうか知りませんが、ありそうなことに思えて、「うーん」と考えこんだことがあります。
　人間は生れながらにして利己主義者、排他主義者か、と「うーん」とうなったのです。
　終戦後、間もなくのことでしたが、東京駅か、上野駅か、プラットホームで入ってくる列車を待っていると、独りの女性が体がくずれてレールの脇にころげ落ちました。「あっ」と思う間もなく、一人の青年が飛び降りてその女性をホームに抱え上げてあげたそうです。ところが、そこへ列車がやってきます。青年は、車輪の下に倒れました。
　その新聞記事を見たとき、私は泣いたものです。そして、そのような現場に、もし私がいたら同じような行動を取り得るだろうか。私はその自信がありませんでした。
　それで私は自分の頭や胸を打ち叩いたのです。情けなかった。神様の言葉に仕え、伝道している身がなんという情けない覚悟の無さでしょうか。
　生れながらの私の身に、罪の心が染み込んでいる。潜在意識として罪の思い、利己保身の思いが私の心深くにどっかりと座り込んでいる。この無惨な自覚が私の心を捉えて放さなかったのです。