いま手元に、『昭和性風俗史　エロ写真』（百々由紀男著、コスミック出版）がある。
　要するに、筆者は同書に掲載された多数のエロ写真をしみじみとながめている。べつに自慢にはならないが……。

　現在のビデオ、DVD、インターネットなどのカラー動画に比べると、エロ写真は白黒であり、しかも静止画像である。どの写真もじつにおとなしい。上品とはいわないが、つつましいとはいえよう。
　かつて男たちはこんなエロ写真に胸をときめかせていたのかと思うと、ちょっと感慨を覚える。
　逆から言うと、現代人はすでに「カラー動画の刺激」に慣れてしまっている。
　エロ写真に胸をドキドキさせていたころの男を現代に連れてきて、ビデオ、DVD、インターネットの映像を見せれば、目を回すかもしれない。
　いや、驚くのは最初だけであろう。
　すぐに慣れるに違いない。そんなものである。それはともかく――
　エロ写真をながめているうち、思い出した。

　およそ40年も昔のことである。
　筆者は貧乏学生だったが、たまたま用があって、国鉄大宮駅で降りた。
　当時は埼玉県大宮市だったが、いまは埼玉県さいたま市になっている。国鉄もJRになった。
　いまでこそ大宮駅は新幹線が発着する大きな駅だが、当時はごく小さな駅だった。すでに日が暮れ、駅前も薄暗かった。
　筆者が駅前の通りを歩いていると、道端の暗がりに男がずらりと並んで立っていて、次々と声をかけてくる。
「写真あるよ、写真あるよ」
　そのとき、筆者は意味がわからず、
「はぁ、写真って？」
　と、聞き返した。
　相手の男はいかにも金のない学生と見たのか、面倒臭そうに、
「わからなきゃいい。行け、行け」
　と、険悪な顔で筆者を追い払った。

　しばらく歩いてから、やっと気づいた。
「ああ、そうか。エロ写真を売っていたのか」
　いま回想すると、自分の鈍感がおかしい。
　それにしても、あのとき無理をしてでも買っておけばよかった。当時の、なによりの風俗資料であろう。
　出版物に写真を掲載する場合、性行為の結合部はもちろんのこと、陰毛（ヘアと言った）が見えているだけで発禁になった時代である。そのため、女性のヌード写真はヘアが見えないよう修整されていた。
　そうなると、ますます見たいという欲求が起きる。それに答えたのが非合法のエロ写真である。性行為の結合部や女性器などの、そのものずばりの写真だった。
　もちろん非合法だから、上記のような光景で通行人に販売していた。警察官の姿を見るや、サッと隠れる。売人の背後には暴力団がいたのであろうが、当時、暴力団もそんなほほえましい商売をやっていた。

　エロ写真、ブルーフィルム、裏本、裏ビデオ、裏DVD、インターネットのポルノサイト……。
　男と女がしていることはまったく同じである。
　だが、媒体は時代に応じて変わっていく。それぞれ、金もうけをする人も変わっていくということであろう。