4月下旬現在、ソメイヨシノはとっくに散ってしまったが、拙宅の近所の公園では八重桜が今や盛りと咲き誇っている。

　４〜５年前、筆者は新聞で読んで、ソメイヨシノが一種の「クローン桜」であることを初めて知った。
　ソメイヨシノは幕末期に開発された品種で、生殖能力はない。メシベは退化し、花粉もないし、実もみのらない。
　繁殖は人の手による接ぎ木である。
　細胞を採取し、培養して育てるクローンと基本的には同じである。

　筆者はそれまで、ソメイヨシノがいっせいに開花し、いっせいに散ること、またいわゆるサクランボができないことに漠然と疑問を抱いていたのだが、クローン桜だったことを知って、ようやく疑問が氷解した。

　さて、現在、全国に何百万本の桜の木があるのか知らないが、全体のほぼ８割がソメイヨシノだと言う。
　人間にたとえれば、日本人の８割が同じ体型、同じ容貌をしていることになろう。しかも、みな男性器も女性器もないため、男でも女でもない。
　もちろん、年齢の差はあるが、老人は老人同士、若者は若者同士、体型や容貌のみならず、性格、行動から趣味、嗜好までそっくり……
　想像すると、ゾッとする光景ではなかろうか。

　ところが、多くの日本人がソメイヨシノを愛で、
「あの、ぱっと咲いて、ぱっと散るところがいい」
　などと評する。
　いまでも、桜の木を植樹するとなると、たいていソメイヨシノである。
　これからもソメイヨシノは自然繁殖ではなく、人為的な接ぎ木によって増えていくであろう。

　多くの日本人がクローンや遺伝子組み換え作物に反対している。
「自然の摂理に反する」
「生態系へ悪影響を及ぼしかねない」
　などなど。
　いっぽうで、クローン桜を偏愛し、増やし続けている。
　どこか変である。


　閑話休題
　日本文学研究者でコロンビア大学名誉教授のドナルド・キーン氏（88歳）が東日本大震災を契機に、日本国籍の取得と日本永住を決意したという。
　このことを伝える4月23日付の読売新聞の見出しは、
「日本人と共に行動したい」
「帰化決意　ドナルド・キーンさん」
　だった。

　このキーン氏の意思表明を知り、筆者も含めほとんどの日本人が心を動かされたのではなかろうか。
　このことに関しては少なからぬ人が書くであろうから、筆者は別なことを述べたい。

　キーン氏は故三島由紀夫や故阿部公房との交友でも知られる。
　同じく読売新聞に、「今後の活動」としてキーン氏の発言が掲載されていた。

　三島由紀夫や阿部公房らとの交友について著すことは避けたい。友としての会話を一般向けに記す趣味はない。

　じつに立派である。凛としていると評すべきだろうか。
　この姿勢こそ、まさに「武士」ではあるまいか。