『The Sensuous Woman』という、女性向けのセックス指南書がある。著者は匿名の「J」。
　著者のアメリカ人女性Jは、とくに美人ではないという。
　しかし、男を悦ばせ、夢中にさせる性技を体得し、実行することで「もてもて女」になった。
　そこで、自分が体得した男をとりこにするセックスの秘技を一挙大公開する――という内容の本である。

　題名を日本語訳すれば、
　官能的な女、ゾクッとくる女、セクシーな女、エロい女、色っぽい女、いい女、そそる女、やりたい女……
　などになろうか。
　なお、筆者が日本語訳をするなら、最後の案に固執したい（下品かなぁ……）。

　さて、The Sensuous Womanはアメリカで発売以来、単行本（ハードカバー）で60万部、ペーパーバックで1000万部以上が売れたという（なお、この数字は世界において。英語は世界市場である）。
　ところが、これほどの大ベストセラーでありながら、日本語訳されていない。
　不思議である。
　アメリカでベストセラーになった本であれば、すぐに出版社のあいだで翻訳権の争奪になり、1年もしないうちに日本語訳されて発売されるのが常ではなかったろうか。
　アメリカで売れたのなら日本でもそれなりに売れるはずである。
　しかし、アメリカおよび世界の英語圏でベストセラーになりながら、日本語訳されていない。
　繰り返すが、不思議である。

　ともあれ、筆者としてはThe Sensuous Womanを読みたくて仕方がない。
　日本語訳はないから、英語版を入手するしかない。
　ずいぶんさがした末、このほど古本屋でようやく入手することができた。

　現物を手にしたことで、いろんなことがわかってきた。
　わが国のセックス本の出版史とも関連づけて、筆者なりに整理してみよう。

　The Sensuous Womanがアメリカで刊行されたのは1969年（昭和44年）である。
　女性を対象読者にしたセックス本はアメリカでも画期的であり、大きな反響を呼ぶとともに、大ベストセラーとなった。
　内容をながめると、読者対象は女性だが、年齢は幅広い。若い独身女性のみならず、既婚者や中年の女性まで念頭において書いている。女性一般といってよかろう。

　いっぽう、そのころのわが国のセックス本の出版事情はどうだったか。
　２年後の1971年（昭和46年）、奈良林祥の『How to Sex』が刊行され、ベストセラーとなった。
　なお、題名は英語だが、内容はもちろん日本語である。
　いま、筆者の手元にあるのは『新How to Sex』(1974年)だが、基本的な内容はHow to Sexと同じと見てよかろう。
　How to Sexはあくまで男の読者、しかも若い男を対象にしていた。
　性に悩む若い男に、
　包茎と早漏
　挿入の仕方
　体位の知恵
　失敗しない避妊法
　などなどについて教えるものである。

　当時のアメリカと日本の性事情の差がわかる。
　そのころ、わが国では女性の読者を想定したセックス本など考えられなかった。
　もしThe Sensuous Womanを翻訳出版しても、本屋で買う女性はほとんどいなかったろう。
　本屋でセックス本を買うのはあくまで男だった。男を読者対象にしたセックス本でなければ売れない。
　そういう判断もあって、日本の出版社は翻訳を見送ったに違いない。
　要するに、日本では時期尚早だったのだ。

　ところがその後、日本の性事情は急速に変わる。急速に「性の解放」が進んだという言い方もできよう。
『アンアン』『ノンノン』などの女性雑誌が相次いでセックス特集を組み、評判になった。もちろん、そういう号は売り上げを劇的にのばした。
　もはや、日本の若い女性は性の特集号を買い、読むことをためらわなくなっていた。
　女性誌が堂々とセックス特集を組むようになると、もはやThe Sensuous Womanはショッキングでもなんでもない。いつのまにか古くなっていたのだ。
　けっきょく、翻訳されることはなかった。

　というより、女性誌のセックス特集のなかにThe Sensuous Womanの考え方が取り入れられたといったほうがよかろうか。
　当時の執筆陣のなかには、英語でThe Sensuous Womanを読み、種本にしていた人もいたはずである。
　翻訳本は存在しないし、英語で原書を読める日本人はかぎられていたから（もちろん英語に堪能な日本人は少なくないが、そもそもそういう人はセックス本など読まない）、パクリとか著作権侵害などと追及される恐れもなかった。
　セックス特集の一部の執筆者は自由にThe Sensuous Womanを換骨奪胎していたわけである。

　以上が、筆者が推理した、The Sensuous Womanがわが国で翻訳出版されなかった顛末である。
　大筋では間違っていないと思うのだが――。

　せっかくなので、ここでThe Sensuous Womanの内容を一部、紹介しよう。日本語訳は筆者である。

Penis/Mouth Technique
　男を仰向けに寝かせ、あなたは右か左の腰のあたりにひざまずきましょう。まず両手で陰茎をにぎり、舌で亀頭をなめて湿らせます。その後、陰茎を口にふくみますが、そのときは唇で歯をおおうこと……（後略）

The Butterfly Flick
　陰茎の後ろ、亀頭からやや下の、裏筋と呼ばれる部分は男のもっとも敏感な部分です。この部分を舌ではじくように刺激すると、男は大きな快感を得ます……（後略）

The Silken Swirl
　口にふくんだ陰茎を舌で時計回り、逆回りになめます。さらに、陰茎をふくんでおいて口を上下運動させます。……（後略）

The Hoover
　口の中が真空状態になるようにして、掃除機のように陰茎を吸い込みます。……（後略）

Gnawing
　軽く歯を立てるのですが、くれぐれも強く噛まないように。……（後略）

The Whipped Cream Wriggle
　陰茎とその周囲を生クリームでたっぷりまぶし、舌でなめとりましょう。……（後略）

　と、まあ、こんな具合である。

　けっきょくは、相変わらずのエロ話になってしまったようだ。