かなり卑俗なタイトルになったが、あくまで時代考証の一環ということでご理解願いたい。
　２、3年前、「江戸にイメクラのような風俗店はあったか」、「江戸時代に『素股』という言い方はあったか」という質問を受けた。それぞれ、その場でお答えはしたのだが、その後に判明したこともあるので、ここで改めてまとめてみよう。

　まずは、イメクラから。
　現代性用語辞典のたぐいで調べると、イメクラはイメージクラブの略で、客の妄想をかなえてくれる風俗店とある。
　つまり、客の要望に応じて、風俗嬢がセーラー服を着たり、メイドの制服を着たりして、相手をしてくれる。これはコスプレというようだ。
　また、シチュエーションプレーでは、電車の中でつり革につかまっている女性に痴漢行為をするとか、教師が女生徒にみだらな行為をするとかの設定ができる。
　もちろん、どんな衣装であれ、場面設定であれ、最後にすることは同じだろうが。
　ちなみに、筆者の「妄想」を実現するとなれば、悪代官がいたいけな百姓の娘をいたぶるという設定がいいなぁ。
　だが、実際にイメクラでそういう扮装をし、
「わしの言うことをきけば、今年の年貢は手心を加えてやってもよいぞ。どうじゃ、うん？　きさまも、親孝行をしてみい」
「お代官さま、お許しを、どうかお許しを」
　などという演技をしたら、途中で照れてしまうというか、吹き出してしまうというか、とてもしらふではできそうもないし、ゴールにもたどり着けそうもないが。それはともかく―。
　江戸にイメクラはあったか？
　答えはイエスである。
　時代によって表面的な風俗こそ変化するが、人間の本質は変わらない。現代の日本人の様々な性の営みはすべて、江戸にも存在した。表面的な風俗が異なるだけである。
　江戸では、役者買いがさしずめイメクラにあたるであろう。
　当時、「相撲買い」とか「役者買い」といって、女が下っ端の若い相撲取りや歌舞伎役者を買った。つまり、力士や役者は売春夫だったのだ（伝統を大事にすれば、いまも存在するということになるが）。
　さて、役者買いでは、たとえば役者に『義経千本桜』の義経の衣装で来るように要望すれば、客の女は義経と色事をするという妄想を実現できる。
　あるいは、『仮名手本忠臣蔵』のお軽の扮装で来てもらえば、女同士の同性愛で始まり、最後は男と女の関係になるという、じつに倒錯した官能の世界を実現できる。
　まさに、役者買いは現代のイメクラと同じではなかろうか。

　つぎに、素股である。
　性辞典には、風俗嬢が客の陰茎を潤滑用ローション塗った股の間にはさみ、抜き差しさせて、あたかも挿入しているかのような感触をあたえるテクニックとある。いわば、擬似性交といえようか。
　現代人の性技が、江戸期になかったはずはない。ただし、性技としては存在したに違いないのだが、質問の趣旨は、「素股という呼称が存在したか」である。
　質問を受けたとき、筆者は、「江戸期の文献で読んだ記憶があるので、呼称が存在したのは確実だが、出典は思い出せない」と答えた。
　たしかに、なにかで読んだ記憶があるのだ。しかし、こういう場合の出典さがしは困難である。海岸で一粒の砂をさがしあてるに等しい。
　当時、とくに素股に興味があったわけではないので、傍線を引いているわけでも、付箋を貼っているわけでもない。
　筆者はいちおう書架の本をパラパラとながめたのだが、けっきょく断念した。
　その後、頭に素股がこびりついて離れない。
　不思議なもので、脳裏に宿っていると、まったく別な調べ物をしているときに、ふと目につくものだ。
　かつて読んだ本ではなかったが、最近、ふたつの素股を見つけた。それを紹介しよう。
『鹿の巻筆』（貞享3年）に、以下の例があった。
　武家屋敷のむくつけき奉公人（奴）が、出入りの若い商人（若衆）に目をつけ、庭の地面に押し付けて関係を迫った。
　若衆は男色が嫌いなため、相手に一杯喰わせることにした。

　きゃつに一本させんとて、素股をとらせけり。奴、血気にまかせてやるとて、砂の中へ三寸ほど作蔵をつきこみければ、砂まらになる。奴、若衆にむかひ、「さてさて、そのほうはずいぶん嗜みが悪い。かならずかならず、今よりして、蒟蒻を薬喰にしやれ」といふた。

　素股でさせたところ、作蔵（陰茎）の先っぽが地面につき、砂まみれになったというのだ。また、俗に「コンニャクを食べると睾丸の砂を落とす」と言われた。
　もちろん、上記は荒唐無稽な笑い話である。

『今様三体志』（文政12年）に、以下の例があった。
　吉原の女郎が、イヤな客の棚卸しをしている場面である。

「好の井さんも素股を食わせてやんなんしたとサ」

　好の井という女郎は、客に交接させるのがイヤで、素股で誤魔化したというのである。

　ともあれ、江戸期において、男色でも女色でも「素股」ということばが定着していた証拠となろう。