各地の温泉に出かける際、筆者が重宝しているのがインターネットの旅行サイトである。
　かつてはどこかに旅行しようと思うと、その地方のガイドブック、電車の時刻表、地図、ホテル・旅館案内などが必要だった。情報源はすべて本か雑誌だった。
　ところが、いまはパソコンの前から動くことなくインターネットですべて事足りる。
　書籍・雑誌が売れなくなるはずである。それはともかく――。

　筆者はふたつの旅行サイトに会員登録しているが、そのどちらかを検索すれば、目的の温泉地に適当な宿泊施設をさがしあて、予約することができる。
　さて、その情報内容である。
　値段、部屋の広さ、バス・トイレ付きかどうかかなどの基本的事実の記載は書籍・雑誌とサイトで大差はない。
　大きな違いは、サイトには宿泊者による口コミ欄があり、日々刻々と評価が更新されていることだ。これはじつに役に立つ。
　宿泊先は、筆者は最終的に口コミ評価で決めているといってもよい。

　旅行雑誌などによく載っている旅行ライターによるプロの評価は、たしかにプロならではの目配りは有益であるが、いっぽうでは、その業界で生きていくために不可欠な最低限の配慮がある。けっして酷評はしないなど、おのずと業界人の限界がある。その意味では、必ずしも信用できない。
　ところが、サイトの口コミは実際に自分で金を払って宿泊した人による、しかも匿名の評価だから、どんな老舗旅館であろうが、マスコミで有名な旅館であろうが遠慮会釈はない。ほめる時は思い切ってほめるし、けなす時はけちょんけちょんに酷評する。
　じつに明快である。
　だが、評価する人がプロではなく素人だけに、時々、トンチンカンな酷評があり、苦笑してしまう。
　あるサイトの口コミ欄に、某温泉旅館について、
「夕食で留守にしているあいだに、従業員が勝手に部屋にはいり込み布団を敷いていた。不愉快だ！　そもそも勝手に部屋にはいるなど、非常識ではないか！」
　という意味の、怒りの投稿をしている人がいた。
　これを読んで、旅館の関係者はさぞ当惑したであろう。
　客が食事会場で夕食や朝食をとっているあいだに従業員が部屋にはいり、布団を敷いたり、たたんだりするのは伝統的な日本旅館のサービスではないか。
　怒り心頭に発した投稿者はきっと、それまでホテルに泊まったことはあっても、日本式の旅館に泊まったことはなかったのであろう。
　もはや日本人にも、外国人なみの感覚の人がいるということかもしれない。

　この口コミ評価の影響力の大きさに着目し、それをうまく利用しようというこすっからい人間も出てくる。
　数年前、某温泉旅館が従業員を総動員して、サイトに自館について好意的な投稿をしていたことが発覚した。いわゆる、やらせ投稿である。
　こういうやらせを封じるためもあって、筆者が利用しているサイトでは実際に宿泊した人間しか投稿できない仕組みを作っている。

　旅行サイトとともに、いやそれ以上に口コミ評価の影響力が大きいのが風俗店である。
　たとえば職場で雑談のとき、同僚などに、
「〇駅の近くで、安くてうまいラーメン屋、知らない？」
　と、気軽に質問することはできる。
　しかし、
「×駅の近くで、手軽に△できる風俗店、知らない？」
　とは、口に出しにくい。
　もし尋ねるとしても、かなり親しくなってから、ふたりきりの時をえらばなければなるまい。

　従来、そういう情報を求めている男たちにひそかに情報源として活用されてきたのはスポーツ新聞と週刊誌であろう。
　ところが、これらに掲載されている情報はなかば宣伝である。
　実録を銘打ったルポ記事にしても、プロの風俗ライターであれば業界人であり、いわば馴れ合いで、いいことだけを書いている。
　スポーツ新聞や週刊誌の絶賛につられて出かけてみたものの、失望に終わったという例は少なくなかったようだ。
　そのため、
「本当のところが知りたい」
「絶対にボッタクリなどない、良心的な店はどこか」
　というのは、男たちの切なる願いだった。
　もっとも口コミの需要が高かったのは、じつは風俗店なのだ。

　そこで登場したのが、風俗店の口コミ評価を掲載するサイトである。
　およそ７年前に開設されたサイトＭがある。この世界では老舗のひとつである。
　このサイトに、
「〇はおすすめ。とくに△ちゃんのテクは最高……」
「×で地雷を踏んだ。△は要注意。ろくなサービスもせず、時短を食らわせた……」
「△でしつこく延長をせがまれた。しかも、毛じらみをうつされた……」
「〇でシャワーのあいだに、クレジットカードをスキミングされた……」
「×は△できる……」
　などなど、という投稿が続々と寄せられたのだ。
　もちろん、みな匿名である。
　実際に体験した人の赤裸々な声であり、これくらい参考になる情報はあるまい。
　立ち上げが早かったこともあって、サイトＭの注目率は高く、ここの口コミ評価が風俗店の営業成績を左右するほどの力を持つようになった。

　すると、必ずこすっからい人間が出てくる。
　風俗店の関係者が客をよそおい、自分の店を高く評価する投稿をしてくるようになったのだ。
いっぽうで、ライバル店つぶしの策謀も活発化し、客をよそおってボラレただの、女の態度が悪いだのと苦情を述べる悪意の投稿も目立つようになった。
　こうなると、まさに泥試合である。
　
　サイトＭの主宰者は普通の勤労者であり、べつに商売でサイトを運営していたわけではない。増大する自作自演投稿の対応に苦慮し、ついには疲れ果ててしまった。
　とうとう、サイトＭは開店休業状態となり、いまではほとんど更新もなされていないとか。
　主宰者の苦衷は察するに余りある。
　経済法則「悪貨は良貨を駆逐する」を想起させないでもない。

　風俗店の口コミ評価を載せるサイトは百花繚乱から、いまや百鬼夜行になっているようだ。
　この世界にくわしい人物に聞いたところによると、こういうサイトを警察も注目していて、人気店には遠からず「ガサ入れ」があるそうだ。「出る釘は打たれる」ということだろうか。警察にしてみれば、一罰百戒の姿勢を示しているのであろう。
　そのため、最近では口コミ欄で盛り上がると、店はむしろ迷惑がるほどだとか。評判のよいことが営業妨害になるというわけだ。
　やはり、「裏の世界」ということなのであろう。