（その一）
　駒込竹町に住む町人の女房は病的に嫉妬深く、ささいなことで亭主の浮気を疑った。
　文化十一年（1814）四月一日の夜、亭主が熟睡しているのをみすまし、女房はカミソリでスパリと陰茎を切断すると、切り取った陰茎を持って出奔した。
　かねて計画していたのか、自分の髪の毛を切って残していたという。
　亭主は痛みに泣き叫んだ。煙草の葉を傷口にあてて血止めをしようとしたため、かえって腫れ上がった。
　近所の人々は、
「命は助かるまい」
　と噂した。

（その二）
　鳴子坂のあたりに、煙管の竹筒に蒔絵細工をする職人が住んでいた。
　女房はかねてから間男をしていたが、職人はその現場に踏み込み、ふたりとも捕らえた。
「てめえら、許さねえぞ」
　職人は女房と間男を近所の寺の境内に連れて行くと、間男の陰茎を切断し、女房の陰部をえぐり取ってしまった。
　検使の役人がやってきたとき、女房の陰部には数匹のイタチが取り付いていたという。血を吸っていたのであろう。
　文政三年（1820）五月のことである。


（筆者曰く）
　その一は、加藤曳尾庵著『我衣』に拠った。
　その二は、藤岡屋由蔵編『藤岡屋日記』に拠った。

　その一から、チン切り事件は「阿部定事件」が初めてではなかったことがわかる。
　その後、亭主がどうなったかは不明である。

　その二は、なんともすさまじい制裁である。職人は女房も相手の男も殺した上で、陰部をえぐり、陰茎を切断したのであろう。
　本来、妻が浮気をした場合、夫が妻とその相手を殺しても罪にはならない。ところが、この職人の場合はただ殺しただけでなく、あまりに凄惨な制裁を加えている。
　職人はなんらかの処罰を受けたかもしれないが、その後のことは記されていない。
　現場が寺院の境内だけに、ややこしい事態になったかもしれない。町奉行所の役人は寺社の境内で警察権を行使できないからだ。

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