第二十六章　ガンの収支計算４

お金では計れない収支
　命にかかわる大病は、すでにお話したように、自分と親との関係すら昔に引き戻すようにして、新たに人生を回顧させ、再出発させます。
　実は、女房とは、二年余り前に離婚をしていました。年甲斐もなくガールフレンドができたりして、開腹手術を受ける前に離婚することで、既に詰め腹したような状態でした。
　それが、今度の入院をきっかけに再婚しました。ガールフレンドには逃げられる悲喜劇で、離婚してからも、仕事や子育てでは協働してきましたし、逆によりを戻す形で再婚してからも別居のままで「デュアルライフ」ということで、事実上はあまりライフスタイルは従前と変わりませんが、それでも基本的な人間関係が病気で大変動しました。
　夫婦であるかないかは、事務処理ひとつするにも大変さが大違いです。法的な関係がないと「あんた誰？」という関係各所からの問いかけに答えるところから説明を始める必要があります。
　再婚のおかげで「妻でございますが、夫が云々」と説明が実に楽になりました。個人情報保護法もできて、人のお世話が非常に大変な時代です。夫婦とか、親子関係が、事実上液状化しつつある世の中ですが、法的には非常に重要になってきています。
　ところで、病院での見舞いひとつでも、他人の人間性がわかります。
　勤め先の病院関係者や私淑している先輩弁護士の見舞いには、涙の出るほどありがたさを感じました。自分を支えてくれる人々が、家族以外にもいると確認できるのは幸せなことです。
　逆に、惨憺たる思いもしました。日頃は特に交流のない女性歯科医が再々見舞いと称してやってきて、手術直前の家族との時間までデリカシーもなく踏み込んで来るので、その人間性を疑ってしまいました。
　前項で触れた入院前に講演を依頼してきていた開業医も、こちらの体調が芳しくないというにもかかわらず強く頼みこまれたので、無理矢理引き受けたのですが、今回相当の病身だと分かって連絡してきたときの態度と頼んできたときの態度のギャップが極端に大きい上に、平気で「人間一度は死ぬのだから」とメールで連呼するデリカシーのなさにあきれ果て、その後絶縁しました。
　患者になってみると、医療者の中にもずいぶんデリカシーのない人間が多いのに気がつきます。こういう輩の患者にならずに済んだだけでもラッキーだと思いました。医者を選ぶのも寿命のうちと言いますが、変な医療者と親交を結ぶのも止めたほうが良いというのが、わが養生訓です。
　このように、日頃それほど変な人間とは思っていなかった人々が、実はとんでもない喰わせモノだというのがよく分かるのも大病の副産物です。
　これは決していま挙げたような医療従事者だけでなく、弁護士なども同様です。
　どうせ業界で病気が噂にはなっているのは分かっていましたが、何の付き合いもないいわゆる「人権派」弁護士から生死をさぐるようなメールが送られてきたのも驚きました。嫌みたっぷりに返事のメールを送り返してやりました。
　世間で「先生」と呼ばれている連中に、いかに人間性の欠ける者が少なくないかなどということも、今回の入院のようなことがなく、表面的な付き合いをしているだけでは、なかなかわからないことです。
　決してうれしい勉強ではありませんでしたが、病気は単に自分の心身の状態だけでなく、もっと多くのことを教えてくれます。
　ほとんどの人々は、倒れかけている人間を支えてくれました。窮状に助けを得ることが出来るのも幸せですが、この世の中捨てたもんじゃないやと気付くのもハッピーなことです。
　人生にサムマネーは必須であることは間違いありませんが、単にお金だけでない収支決算を病気は新たに教えてくれました。