前回（吠188　性生活の知恵）、引越のおかげで『性生活の知恵』（謝国権著、池田書店、昭和三十五年）を「再発見」した顛末を述べた。

　同じく、『日本人の性生活』（篠崎信男著、文芸出版、昭和二十八年）も再発見した。この本も筆者が古本屋で購入したもので、パラパラとめくっただけで、あとは本棚に突っ込んだまま、その存在すら忘れていた。
　今回は、この『日本人の性生活』について述べたい。
　
　著者の篠崎信男は厚生省人口問題研究所の所長を務めた。そのことからもわかるように、『日本人の性生活』はけっしてキワモノではなく、まじめな研究書である。
　同書が刊行された昭和二十八年（1953）は、太平洋戦争の敗戦からわずか八年後である。高度経済成長にはいる前で、まだ「戦後」の時代だった。
　そんな戦後の時期になぜ日本人の性生活などの研究が可能で、しかも本まで刊行されたのか。
　これは当時の人口問題と密接な関係がある。

　戦後、日本は深刻な食糧難に見舞われていた。そんななか、外地に出征していた若い男が続々と復員してきた。
　既婚の男は配偶者と再会し、独身の男は伴侶を求めて結婚した。
　つまり、深刻な食糧難という社会状況のなかで再会、あるいはあらたに誕生したカップルがいっせいに生殖行動を始めたのである。避妊法が普及していなかった当時、セックスはずばり生殖行動だった。
　その結果、戦後のベビーブームが起きた。このときの日本人が、いわゆる団塊の世代（昭和22〜24年誕生）である。

　戦後の日本は食糧難と人口激増という難問に直面した。当時のわが国の人口問題はまさに「人口増をどうくい止めるか、出生率をどうやって下げるか」だった。
　現在のわが国の人口問題は「少子高齢化にどう対処するか、子供の数をどうやって増やすか」である。あの手この手で出生率を上げようとしているが、有効な手立てはない。
　まさに正反対であり、隔世の感がある。

　戦後、人口増を抑えるため、国民に産児調節（いわゆる避妊である）が奨励された。家族計画という名称で、
「子供はふたりまで」
　というキャンペーンが繰り広げられ、夫婦に対してコンドームなどの避妊具を使用する啓蒙活動も活発におこなわれた。
　逆から言えば、当時は三人目、四人目、五人目の子供を産む夫婦はごく普通だったのだ。このことも、まさに隔世の感がある。

　著者の篠崎も人口問題研究所の一員として、産児調節の問題と将来の人口推計に取り組んだ。その過程で、日本人の性意識や性行動の研究に進んだ。
　篠崎の性研究の出発点は人口問題だったのである。

　さて、前置きが長くなった。
　具体的に『日本人の性生活』を紹介していこう。
　なお、同書の調査対象となった男女はすべて夫婦である。セックスをしてよいのは夫婦だけという社会倫理（あるいは建前）が厳然として存在した時代だった。

　まず興味をひくのは「結婚直後の性交回数」という調査結果である。なお、結婚直後とは、結婚してから初めての妊娠をするまでの期間と定義されている。
また、回数は週単位である（月単位ではない）。

　１回以下　3.9％
　1〜2回　　8.7％
　2〜3回　12.6％
　3〜4回　13.6％
　4〜5回　30.1％
　5〜7回　31.1％

　なんと、週に5〜7回がもっとも多い。全体の平均回数も週に3.9回である。
　現代のセックスレス夫婦など、とても考えられない回数といえよう。
　もちろん、
「当時は現代とくらべて娯楽が少なかったから、セックスをするくらいしか楽しみがなかったのだ」
　といってしまえば身も蓋もないのだが。
　おそらく、江戸時代の庶民の夫婦もこのくらいの頻度でセックスをしていたであろう。もっと多かったかもしれない。

　つぎに興味をひくのは、「性交姿勢」の調査結果である。性交姿勢とは、いうまでもあるまいが体位のこと。
　
　正常位　　84.5％
　横臥位　　40.8％
　女子上位　1.0％
　背後位　　1.0％
　以上の姿勢の混合使用　8.7％
　
　正常位が圧倒的に多いが、これは現代でも同じではあるまいか。それよりも注目すべきは、「女子上位」や「背後位」の体位が極端に少ないことである。
　そういう体位をするのは恥ずべきことという観念が支配的だったからであろう。そんな桎梏から日本の夫婦を解放したのが、まさに前回紹介した『性生活の知恵』だった。
　
　つぎは「性交前後の性愛技戯の有無」という調査結果。性愛技戯とは見慣れない熟語だが、要するに前戯、後戯のことである。
　
　前戯後戯ともにあり　　1.0％
　前戯あり後戯は時々　　1.9％
　前戯のみあり　　　　　42.7％
　前戯時々あり後戯なし　10.7％
　前戯稀にあり後戯なし　3.9％
　前戯後戯ともになし　　39.8％
　
　なんと、「前戯後戯ともになし」が39.8％もいる。夫は黙って妻にのしかかり、そのまま強引に挿入していたのだろうか。いくら夫婦とはいえ、これでは強姦に近い。およそ五組に二組の夫婦が、前戯も後戯もなしにいきなり性交をしていた。
　あきれるといおうか、笑ってしまうといおうか。
　こんな無知で粗野な夫をいましめ、夫婦のセックスには前戯と同時に、やさしいことばなど精神面のふれあいが必要なのを説いたのも、やはり『性生活の知恵』だった。
　
　まだまだ紹介したい事項はあるが、きりがないので、この辺で終わりとしよう。
　ともあれ、昭和二十八年はそんな時代だった。